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今田竜二のPGAツアー・シード権喪失の意味するもの

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今年の米PGAツアーも最終戦が終わり、来季はマキロイのナイキとの契約、タイガーの復調は本物か?、石川遼の本格参戦など話題に事欠かないが今田竜二が8年間確保し続けたシード権を維持できなかった。


11月第二週に行われた米PGAツアー最終戦の「チルドレンズ・ミラクル・ネットワーク・ホスピタルズ・クラシック」で大逆転シード確保に挑んだ今田竜二はトータル8アンダー28位タイで最終戦を終え、賞金ランキング181位にとどまり、8年間守り続けてきた賞金シード権を喪失した。今後行われる予選会で来季シード確保の最後のチャンスに挑むはずだったが、12月の6日間に渡る最終予選に向けた11月18日の2次予選会の4日目の最終ラウンドを途中棄権したため、最終予選会への進出を逃してしまった。

今田は1999年のプロ転向後、PGAツアーの下部組織、ネーションワイド・ツアー(当時の名称は「バイドットコム・ツアー」(BUY.COM TOUR)に参戦開始。6年に渡る下積みを重ね、2005年にレギュラー・ツアーのシード権を獲得し、PGAツアーのメンバーとなった。

2005年度の今田は年間賞金ランキングは121位となり、次年度もレギュラー・ツアーのシード権を維持した。以降毎年着実に実力を蓄え、シード権を維持し2008年の5月8日、AT&Tクラシック最終日に首位から3打差でスタートし、最後はケニー・ペリーとのプレーオフに持ち込んだ結果、悲願のアメリカPGAツアー初優勝を飾った。その時点で日本人のPGAツアー優勝は青木功、丸山茂樹に続いて史上3人目だった。

2009年は念願のマスターズに出場、初出場ながら20位タイの好成績を収めたがトップ10入りは無く、賞金ランクは118位にとどまる。翌2010年はあばら骨の骨折など故障を乗り越えてシード権を確保、獲得した。2011年も、シーズン序盤から予選落ちが続いたが中盤で復調し、来期シード権をほぼ確定させたが以降、安定した成績は残せず、シーズンを終了、2012年シーズンに臨むこととなった。

2012年シーズンも結局、昨シーズンの不調を引きずったまま不本意なシード落ちの結果で終えることになった。長年契約していたタイトリストとのクラブ契約を解除し(ボール契約は継続)ドライバー、アイアン、ウェッジと、クラブの殆どを替えて臨んだシーズン。当初はフォーティーン製のウェッジのフィーリングに満足していたがティーショット、アイアンショットの不調が彼の最大の武器であるウェッジワーク、パッティングにも影響を及ぼしてしまった。元来、体格もそれほど大きくない中で飛距離にこだわりすぎたきらいもあったようだ。初優勝した頃の、自分の武器を最大限に生かしたゴルフへのこだわりがもう少しあれば、結果も変わっていたと考えるのは私だけだろうか?現在手首の故障など、体調面でのハンディも抱えているようだが、ここまで来たら一歩ずつ焦らずに元いた場所へ戻るしかないだろう‥。