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【11/7 「とんねるずのみなさんのおかげでした」永ちゃん『成り上がり』の原点】

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この秋、番組25周年を迎えた「みなさん~」を祝し、なんと昨日の放送で矢沢永吉さんが初登場、
番組の名物コーナー『食わず嫌い王決定戦』に出演。対戦相手はYAZAWA直々にご指名のとんねるずで、これはコーナー始まって以来初めてとのこと。私、特に永ちゃんファンということでは無いのですが(ファンの方ゴメンナサイ)、なにか永ちゃんの面白バナシが聞けそうだなと思い見始めましたら。。。
熱烈な永ちゃんファンである貴さんの『いつ俺はミュージシャンで勝負しようと思ったんですか?』という問いかけがきっかけで、私自身知らなかった『成り上がり』と呼ばれる原点を、永ちゃん自ら語り始めました.......。

【高校卒業後、広島から上京。横浜へ…】
(石橋貴明:なんで横浜で降りちゃったんですか?東京じゃなくて?)

「もうね、本当にケツ痛かったんですよ
今みたいに新幹線だったら広島から東京まで4時間切るぐらいでしょ?
あの頃だって十何時間掛かったんだもん。
それで小田原を過ぎた時に『つぎは横浜~』って(車掌が)言ってるわけ。
で、『横浜?おぉ知ってるよ、港町だし。ビートルズだってリバプールって港町だったなぁ…、
港町かぁ…。東京まで切符持ってるけどもう降りちゃおう、疲れたし』。
だってどこへ誰を訪ねてどう行くかということが何も決まっちゃいないんだから、
どこで降りようといいわけじゃないですか。
それでもう降りましたよ、今の東口に。で、まったく分からないところじゃない。
それでとりあえずどうしようかと考えて、『あ、横須賀に行こう』と。
横須賀は知ってたからね、米軍基地があるってことは知ってた。
『横須賀、米軍基地…米軍基地といえばロックの本場…基地の中にクラブか何かあったら
そこでバーテンダーでもしながら、何かきっかけねぇか?取り敢えず横須賀に行こう』
となるわけよ。
米軍基地のゲートまで行きましたよ、
『出来ればバイトでも何でもさせて貰えませんかね?』って訊いたら、
『アァ、そういうの無いんですよ』って丁寧に断られて。“シッシッ”って感じですよ。
で、『どうしようかなあ…』と。
日が段々暮れてきて。高校卒業してすぐだから時期は4月の頭ぐらい、寒いじゃない?
どうしようかと思って、とりあえず横須賀のホームで僕、寝ましたもん
そうしたらあまりに寒くて眠れなくて。こらァ死んじゃうなと思ってそのまま出て、
その辺歩いてたら車がダーッと停まってるじゃない、片っ端からドアを開けようとした。
そうしたらトラックのドアがバッ!と開いたんだよ。でラッキーな事に中に毛布があったの。
うわぁラッキーと思って、入って毛布かぶって寝ましたよ
それで翌朝寝てたら『ナニやっとんじゃお前は!』っていう感じで持ち主が現れて、
『スイマセンごめんなさいごめんなさい…』、逃げるように行ってね。
(さすがに)これはヤバいなと。
とりあえずどこか自分が居れる場所を確保しなきゃいかんな、と。
それで横浜の伊勢佐木町に戻って、伊勢佐木町が繁華街だというのは大体分かってたから。
片っ端に歩いて探してたら一軒見つけたんですよ、住み込みで飯付きのアルバイトを。
なんでもいいから入ろうと思って、そこにパッて(決めた)。そこから始まったんだね

「僕、思うときがあるんだけど、人っていうのは運命みたいなもんがあるとしたら、
東京に行ってたら道が違ったかもしれない。
東京の一歩手前の『横浜』という街からロックシンガーを目指す、東京を見つめてる。
っていうところに何か、あったのかもしれないね」

永ちゃんから全てを教わったとか、永ちゃんこそ人生の師匠であるとか、永ちゃんを慕う方が多いのはこの原点があるからなのかと、目からウロコが落ちました。
いくつになっても『永ちゃん』って呼ばれ続けるのって、カッコいいなぁ。素直にそう思えた夜でした。

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